或る秋の夜に
太鼓打ちの思案
雲のない空の筈なのに、星の姿はまったく見えない。三日月だけが照れくさそうにぼんやりと輝いていた。闇のない都会の夜はこんなものだろうか。昼間の陽気はすっかりと醒め、彼女の髪も少し湿気を帯びているようだ。夜は待ってくれない。彼女の肩まで後20センチのところまで伸びた僕の手が、その後どう動いたのかは覚えていない。あまりにも強く重ねすぎた唇が金魚のように激しく呼吸を始めた。もう何も見えない。そこには本当の闇が広がっている。大事なことは何一つ言葉にできないまま、ノドまで出かかった声を互いの胸に秘め、半鐘を鳴らしている。その音は、胸から胸を打ち伝い、夜の帳に鼓動が響きわたる。コドンコドンコドン・・ (ここでタイトル登場) 『和太鼓体感音頭’98』 やっぱり違うな。んー、これでは幕は開かん。そうだな例えば他に、 「あー参ったなー、また生命保険の掛け金今月も落ちてねぇぞ」 さくら銀行の預金口座通帳を眺めている私の横から、妻がのぞき込む。 「残金が1765円なら落ちるわけないでしょ。あれっ?お父さん、これ電気代と水道代も落ちてないわよ」 「本当かよ?ありゃ、電話代と国民健康保険料もだな。どうりでこの頃電話が一本も掛かってこねぇと思ったら、線が止められてやがんの。水道はまだ風呂の浴槽に水はったままだっただろう。家にはシーガルフォー(浄水器)があるんだから何とかなるだろう」 「なりませんよそんなもので。それよりお父さんこれ見てちょうだい、この宝くじ」 「何でここにそんなもんがあるんだ?賭事にも向き不向きってぇもんがあるんだ。俺は自慢じゃねえが、阿弥陀も割拳も勝ったためしがねえ。とっとと燃やしちめえ」 「新しくできたガソリンスタンドでガソリン入れたら一枚貰ったのよ。でもほら新聞のここ、レインボーくじ振興自治宝くじ当選番号」 「一等が一千万円で三本か、まあこんなものは当たるはずが‥‥おお?おめえ‥‥」 くじ運はからっきしなのに、ひょっとしたらの思いこみは人一倍激しいお父さんは、五等百円にも縁のないくじを握りしめて熱く体を火照らせていた。コドンコドンコドン・・ (ここでタイトル登場) 『和太鼓体感音頭’98』 「こういうのでどうだ?健作」 と、ここまで書いた筋書きを見せる。 「トミさんだめですよ。早く曲書いてくれなきゃ。これ芝居じゃないんですよ、コンサートでしょ。もう本番まで一ヶ月もないのに何にも決まってないのは、ちょっとまずいですよ」 川崎市青少年の家の地下音楽室に稽古と称して二人が顔を合わせたものの、一向に稽古が始まらないので、いつものこととは言え、おっとり型の佐藤健作も少し焦り始めているところだ。 「この前の新曲『石敢當』だって、曲のプロットは家族で沖縄旅行に出発する羽田空港のシーンから始まってましたけど、あの曲聞いた人は誰もそんな風には理解してませんよ」 「いいんだよ、それで。聞いた人は聞いた人の感性で何かを感じてもらえれば。でもそれを叩く方はやっぱりイメージが欲しいんだよ」 「太鼓叩いてる時、トミさんそんなことホントに考えてるんですか?」 「いや、叩いてる時は真っ白けだ」 「でしょ、なら何の為のイメージなんですか?」 「仁(平沼)がずいぶん前に新生鬼太鼓座のコンサートを見に行ったある時、田(耕)さんにつかまってとくとくと説かれたらしい。『君らは音楽をやってるらしいが、私はそんなものをやる気はない。私は哲学をやっているんだ』って。何の哲学かは判らないけれど、かっこいいと思ってしまうんだよ。俺も外国行く時には職業欄に音楽家って書くんだけど恥ずかしくてね、音楽家って書くのが。太鼓って音楽なんだろうか?元々は祭礼儀式の為のものだったけど、今は完全に一つの楽器としか考えないような人も多くなってな‥」 「トミさん」 「ん?」 「トミさんは職業欄に音楽家って書いてるんですか?」 「健作は違うの?」 「俺は、そば屋です」 「そば屋?‥‥‥‥‥。なるほど、身を粉にして打つっていう意味だな」 「それは違うんです」 「じゃ、どういう意味なの?」 「‥‥‥、ちょっと口では恥ずかしくて言えません」 「あん?ま、それなら理由は後で(電子)メールででも送ってちょうだいね。と言うことは、英語で書くとnoodle shopか?」 「違いますよ、artistです」 「‥‥‥‥‥、ま、そういう解釈もできるわな」 「トミさんはミュージシャンですか?」 「そう改めて問われるとな。実は俺もartistって書いてんだ、ミュージシャンの単語は綴りが複雑だからな」 「と言うことは結局、二人は同じってことになりませんか?結果は同じでも、イメージは互いのものがある。そのイメージが大切なんでしょ。これでいいんじゃないですか?」 「‥‥‥つまり、俺が言いたいのは、おたまじゃくしをいくら並べても太鼓の曲にはならないということをね」 「どこが、つまり、なんですか?」 「さあ、飯にしようか」 こうして秋の一日が暮れてゆく。 |
※ この会話はすべて富田の創作です
このコンサートの報告は
●『神鳴月 夢のささやき 音鼓月』(98.11.8 「和太鼓体感音頭」公演)
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インターネット版 『月刊・打組』1998年 10月号 No.40
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