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富田和明的個人通信

月刊・打組

2002年 7月号 No.77(7月6日 発行)

このページはほぼ毎月更新されます。年10回の発行

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Wの余韻

7月1日

 四年に一度の祭典と言えば、それはオリンピックしか考えられなかったのに、今ではそれが色あせて見え、サッカーワールドカップの祭典がそれに替わった。日韓両国で開催された一ヶ月間に渡る世界的なイベントが幕を閉じた。
 前回のフランス大会でパリまで行き、決勝戦後の閉会式イベントに参加したのは昨日のことのようにも思える。当時、奇跡的とも言える開催国フランス代表チーム優勝で幕を閉じ、あの盛り上がりを体験できた事は、つくづく幸運な事だったと思う。
 前にも書いたが、人間の喜びが街中、国中に爆発した時の様を体験できることは、一生のうちにそうあることではない。夜明けまでパリ中が燃えたあの一夜、そしてシャンゼリゼ通りをふたたび人々が埋め尽くした翌朝の空の色も、生涯忘れることはできないだろう。
 今のこのご時世で、人々が喜ぶ姿を見られることだけでも嬉しいではないか。その意味では、今回、韓国の人々の喜び様をもっともっと長く、目にしていたかった。
 喜び様は国それぞれに少しずつ違うようだが、もし、韓国チームが決勝戦まで勝ち進んでいたらどうなっていたのだろうか。彼らの熱狂を想像するだけで体が震えそうだ。
 とにかく韓国代表チームのベスト4、日本代表チームの決勝トーナメント入りも素晴らしかった。素直に拍手を贈りたい。 
 僕は出身地・淡路島津名町が、イングランド代表チームのキャンプ地になったことで、5月26日の日曜日、チーム歓迎の太鼓を叩きに淡路島まで行かせていただいた。
 選手の皆さんとは非常に近い距離にいたにもかかわらず、僕は大太鼓を叩いていたので、ベッカムもオーエンも生では見ておりません。
 お迎えの皆さんの熱い声援と選手への視線を背中から体感しながら、四年の月日が過ぎ去った事を想っていた。
 そしてまた四年後には僕は何をして、このワールドカップを迎えているのだろうと考えました。

※ウェスティンホテル淡路、玄関前にて。バスから降りて手を振る姿は、オーエン 

Photo/林 秀雄

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ボクがタイコになった あの日
 

6月29日

 今ではすっかりオシャレになった新宿駅南口から、西にゆっくり歩くこと10分弱、巨大ビル群に隠れるようにそれは建っている。通り慣れない人がこの前を通る時、少なからず立ち止まっては、その入口を飾る色とりどりの可愛いポスターやら人形の顔を見つけ、そして最後に上を見上げることだろう。
 築30年を越えた五階建ての、コンクリートそのままの外壁だが、おとぎ話の絵本の中から飛び出したような建物の姿にしばし目を休め、自分の幼少の頃に瞬間的に立ち戻る、そんな心踊らす空気がこの玄関前の小さなスペースには漂っている。
 この地下にある劇場も、席数100余りなのに本格的な設備を備える、日本で初めての人形劇専門劇場であり、そして子供のための劇場は、客席もトイレもロビーも他では見られない温かい気遣いに溢れている。
 ここでしか出来ない太鼓のコンサートを作りたくて始めたのが『てんドンカツドンたいこドン』だった。母の鼓・宝の海・山の神、と三部作を終えての四年目。
 さあどうしたらいいものかと困ってしまったところで、とにかく集まろうと劇場事務所に顔を並べた関係者の面々。

「タイコの着ぐるみ作ってみようか?」
 人形遣いとしての共演者でもある、プーク人形劇場の渡辺真知子さんのこの一言が、僕の悩み閉ざされていた思考の窓に一類の陽光を射た。
「そんなこと、できるんですか?」
「大丈夫よ」と明るくあっけらかんと答える渡辺さん。
 そして『目がさめたらタイコだったボク』というタイトルまでは、そこで一気に決まった。
 内容的に、これまで僕が取り上げてきた声の遊びを増幅させ、唄や掛け声やお話や大道芸の語りなど、それらをこれまで以上に使って、太鼓のリズムと結びつけてやろうとは考えていたが、それだけでは構成するのに何か力が足りなくて、一歩を踏み出せないでいた。
 そうか僕がタイコになってしまえばいいのだ。これで「出来た!」と僕は胸の内で叫んだ。
 それが四ヶ月くらい前のことだった。
 しかし、実際にはそこから先へはまったく進まなかった。いつもにも増しての難産。本番一ヶ月前になってもまだ脚本は出来ていない。台本が完成したのもぎりぎりのこと。最後の追い込みとアガキで、本番の日を迎える。僕にもかなり焦りはあった。でも、どこかで不思議と落ち着いていたのは、
「ボクにはタイコがついているさ」ということだったと思う。

 大事なことが言えれば、それでいい。いつもは言えないんだけれど、この場所に来ると言える。そんな気がしていた。プーク人形劇場はそういう想いを告げる場所でもある。
「あなたのことが好きです」
 たったそれだけのことが素直に言えなくて、言いたくて、僕はこの日、タイコになった。

※プーク人形劇場正面玄関前にて Photo/山田はるか

※プーク人形劇場舞台にて 出演者集合写真 Photo/山田はるか

『目がさめたら タイコだった ボク』

企画・人形制作/プーク人形劇場 構成・演出/富田和明 渡辺真知子
太鼓作曲・脚本/富田和明 笛作曲/畑真由美
照明/三上つとむ 制作スタッフ/青木永 人形デザイン/佐藤智子
打ち手/富田和明 はたまゆみ 井上智彦 人形ドンチキ/渡辺真知子
お手伝い/人形劇団プークの皆さま 

●写真家・青柳健二氏撮影の舞台写真はこちら

6月号が発行されませんでしたので、夏号を合併号とせず、
7月と8月、二度に分けて発行いたします。ご了承下さい


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インターネット版 『月刊・打組』2002年 7月号 No.77

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