これまで話せなかったこと〜アメリカを離れる前に
12日間のアメリカ滞在最後の夜明け前に綴る
10月20日
今、朝の五時を少し過ぎました。 遠くで何度も、アムトラックの汽笛が聞こえてくるこのアパートで、アメリカ最後の夜明けを迎えようとしています。 これまで書けなかったこと、日本に帰ってから書こうと思っていましたが、やはりこのアメリカを発つ前に、ここで書いておきたいと思い、ベッドから起き上がりました。
脳出血。
日常生活を送る上では、動きが少しゆっくりペースになっただけで、何かが大きく出来なくなったわけではありません。
そう言うと判りやすいでしょうか? ゆっくりは叩けます。 自分が思う速さで叩けないだけです。 それから三味線の左手です。 これもゆっくりは動きますが、これまで演奏してきた速度ではまったく動いてくれません。
そんな、ように思いました。
「舞台にとにかく復帰する」という一念が強かったのでしょう。 そして、齊藤栄一、というベストプレイヤーがずっとフォローして来てくれたお陰でそのことをまだ認識せずにいたのです。 一人になって太鼓打ちの生活が再開し、日々その現実が押し寄せました。
ここではずっと一人の太鼓打ちとしての仕事です。
でも何とかなるだろうという淡い期待、そしてダメだったらどうしようという不安。
三味線も何とかなるだろう、と思って練習してきましたが、コンサート前日になってもまだ指は動かないままでした。
コンサート前日、主催者であるエミリブル太鼓の代表・スーザンに打ち明けました。
そう言ってくれたので、僕も弾くことに腹を決めました。
ところが、翌日のコンサート本番日、実際の舞台でのリハーサルでは、どうしたことか、もっとボロボロでした。
とにかく出来ないことはやらない、出来ることを精一杯やる。 これまで体に染み込んでいたノリに合う動きが出来ないからには、それしかありません。
本番前にこんなに顔も体も硬直していたことはないと思います。
一つ一つの出番が終わり、すべての演目が終わり、最後は客席を通り抜けて、教会玄関前で皆とコーラス隊の歌に合わせて声を出し太鼓を叩いていました。
出来ることはやった。
この二つが渦を巻いて・・・・・・・・、
それでも最後に僕が見たのは、
希望の光。
不満よりも、満足を選びました。
それは、たくさんのお客さんの声、そしてこちらで出会ったたくさんの人々の励ましと応援、暖かい笑顔が僕を迎えてくれたからです。 その笑顔を見た瞬間に何かが変わりました。
今まだ残る不安も、必ず乗り越えられる。
現在の医学界の常識では、脳出血で壊れた脳細胞はもう元には戻らないのですが、そんなことはないのです。
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リハーサル中
リハーサル中
11月18日(土)公演終了後の記念撮影/エミリビル太鼓のメンバーと オークランドの教会で
Photo/Richard Man
First Congregational Church of Oakland
Saturday, October 18
日本に帰ってから時差ボケは一週間で姿を消し、二週間が過ぎました。
今、振り返って思い返してみても、不思議な体験とも思えます。解脱と言ってもいいでしょうか? それに似た体験を、あの公演の夜にしました。
病の発症も一瞬の出来事だったと思いますが、人の気持ちも一瞬で換わることがあります。僕にとっては、そこには太鼓が必要だったのでしょう。
太鼓を叩くことで、人と結びつき、自分も成長させてくれます。 日々、心は揺れ動きながらも、明日はきっと良くなる。明日がだめでも、いつかきっと良くなる。 そう信じることができます。
こんなみんなと出逢う為に、こんな時間と出逢う為に、僕はアメリカに行ったのでしょう(呼ばれたのでしょう)。 何か大きな力を感じずにはいられませんでした。
感謝をせずには、いられませんでした。
ありがとうございました。
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Photo/Susan in Emeryville Taiko Dojo
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