東京は渋谷、地下鉄千代田線『代々木公園駅』一番出口から歩いて二分、都会の雑踏に押し潰されまいと挑むように、劇団青年座ビルが立っている。ここの一階大稽古場を改造した劇場で、『人魚まる裸みだれ髪』公演が一週間にわたって行われた。僕はこの公演に和太鼓作曲・指導・演奏出演で参加した。芝居に出演するのも、これだけの期間同じ場所で公演が続いたのも、僕には珍しいことだった。
この芝居の作・演出をする江尻浩二郎さんと初めて会ったのが、今年の五月始め。彼は、まず太鼓アイランド青葉のワークショップに現れた。
どう見ても普通人には見えない。目の動きといい、歩き方、体のこなし方といい、世間とは別の時間の流れを感じさせる。この時点で、足かけ七年に渡る日本放浪の旅中であることは、ワークショップでのストレッチ体操中に知った。
初めて太鼓アイランドのワークショップに参加された方には、色々と聞いてしまう癖が僕にはあるが、この時は、いつもにも増して質問してしまった記憶がある。
ワークショップが終わって、その彼が僕に相談があるという。この会場は終了と同時に最速で片付けて外に出なくてはいけないので、門の外で待ち合わせていると、雨が強く降りしきる中、彼は50ccスーパーカブに乗って現れた。僕は傘を差し、彼は合羽を被っていたが、雨の滴が顔に垂れている。
「秋に自分の芝居があるので、それに協力してくれませんか?」その姿のまま彼は言う。「それでは脚本を読みたい」と僕は答えた。そして、今夜は埼玉あたりまで走って寝床を探すという彼をそこで見送った。こんな日でも当たり前のように野宿を決め込み、雨の中に消えてゆく彼を見ていて、不思議な奴と出会ったもんだと思った。
その彼がプーク人形劇場『てんドンカツドンたいこドン』公演の客席にも現れ、公演終了後の搬出まで手伝ってくれて、最後に僕に脚本を手渡した。
この本を読んでみるとなかなかに面白い。最後のクライマックスでは太鼓が非常に重要な部分を占めているのが判るし、何より江尻さん自身が太鼓好きで、僕の演奏も以前から何度も見ていてくれたのが嬉しかった。褒めるツボを知った頼み方で、そういう誘いに僕は弱い。公演での太鼓協力を快く引き受けることにした。
僕の最初の案は、太鼓の曲を僕が作って役者さんたちに叩いてもらうことだった。その指導も引き受けた。そして公演日が一週間あるので、僕のスケジュールが空いていればその日には、役者さんたちに交じって演奏出演もさせてもらおうか、という軽いノリだった。
その後、しばらくしてからまた江尻さんの押しが続いた。僕に全公演出演して太鼓を叩いてもらえないか、ということだった。
このお芝居は、五十嵐 明さんという若手の役者さんがプロデュースをして、同じく仲間を募って自分たちだけで芝居を打つ自主公演方式なので、とくかく非常に苦労している事が判る。でも、話を聞いていると彼らの心意気が僕の胸を打った。
もちろん僕も芝居が好きだし、この仕事を引き受けたのは、彼らとだったら楽しい時間が持てるかもしれないと思ったからだ。
八月の夏の盛り、舞台で太鼓を叩く予定の役者さんたちと初めて会った。七人全員初めてバチを握る人たちなので、まずは基礎練習から始める。
こういう人たちと会うだけで嬉しいのはなぜなんだろう?彼らは、太鼓を叩く世界で普段出会う人間たちとは明らかに違う匂いを持っている。僕にとってはこちらの方が肌に合うように感じられた。
役者への道は、18歳で目指して20歳で離れてしまったけれど、彼らは今自分の力を信じてその道を進もうとしている。熱くて、馬鹿馬鹿しい?ほどの情熱に、おいおい大丈夫かい?と、つい不惑の笑みを浮かべてしまう僕だった。
彼らとは太鼓の基礎練習を四回と、芝居の中の曲(『八重の恋』と名付ける)練習を四回やり、それから後は芝居の稽古の中で手直しをした。季節が春から夏へ、夏から秋へと移っていく。
本番の二日前からは、劇場に僕の太鼓も全部搬入して最後の稽古が始まる。そして、初日の幕が開いたのが九月二九日。
それから一週間で七回の公演。この間、夕方に出勤して、夜中に帰る電車通勤の毎日だ。
雨が降っていなければ、帰りの駅から重さ8キロの三味線ケースを片手に、家までをゆっくりと歩いた。
暑くもなければ、寒くもない。風がほんとうに心地よくて、満ちた月を眺めながら、つい唄もうたってしまう。道々の秋が胸に染みた夜。いつもなら太鼓を積んだ車と一緒なので、こういう時間を持つことも少なかったのだ。
この芝居の稽古が始まってから千秋楽までの約二ヶ月の時間を振り返って、この芝居が僕に与えたものは何だったのだろうと考える。
とても小さい全面手作りの劇場だったけれど、その空間に毎日入りきれないほどのお客さんが集まって尻をおろし、一緒に二時間足らずの時間を過ごした。
舞台に注がれる目、眼、瞳。
何も存在しない空間で演技を重ねる役者たちによって、言葉と体の表現と音楽と光の力が加わって、見るものを別の世界へと誘ってくれる、虚構という名の真実の世界へ。
音だけの世界ではなくて、声があり、物語が語られる。役者たちの表情、またこの物語を作り出そうとする、支える人々の情熱にも、愛おしさを感じさせた。初日が開けてから、一日一日が過ぎ、一夜一夜の舞台の瞬間を噛みしめていた。
千秋楽を迎えたカーテンコール、僕が最後の拍子木を打ち、舞台監督のKさんが黒子姿で常式幕を引いた。幕の内側で少ない灯り下、「お疲れさまでした」と互いの頭を下げ、声が連なる。その輪の中に僕もいた。今夜で終わりだ。明日からは、また僕は太鼓だけの世界に戻る。翌日の山下公園でのイベントのことを少しだけ思い出したが、すぐにそれを振り払った。もうしばらくこの余韻の中にたたずんでいたかったからだ。
一番好きだった芝居の最終場面、死んでしまった八重(やえ)と金内(こんない)が黄泉の旅路を往くシーン。ここをもう一度思い出してみる。
八重 この先まだまだ長いんだってね
金内 おー 死ぬってぇのも楽じゃねぇな
八重 なんか いいことあるといいね
金内 なんだよ いいことって
八重 なんだっていいんだよ いいことだったらさ
金内 うん ちげぇねぇ
八重 さあ行くか
金内 おー オレ退屈してたんだよ オメー丁度いいとこに来たぜ
オラよ オメーに言い忘れてたこと いっぱいあんだよ
金内、歩き始める
八重、少し遅れて追う
同行二人
江尻浩二郎作『人魚まる裸みだれ髪』より
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